5月13日

最近色々買い物してたから配達のお知らせメールが来て、別に気にしなかったけどふと見ると差出人が「母」になっていて衝撃を受けた

嬉しい5 : 複雑95 しばらくなんか分からない涙が出た。。

誕生日、覚えててくれて今お菓子送ってくれるなら、なんであの時大切にしてくれなかったの?

私の人生の中で、悪役になったならずっと悪役でいて欲しい。それなら忘れちゃおう!と思える。

色々経て、割り切ることができてせっかく連絡も一切せず距離をとって来たのに、こういうことされると揺らぐから嫌だ。

自分は母の誕生日も母の日もプレゼントどころか連絡もしないようにしてたのに、寂しかったかな悪かったかなとか余計な考えが浮かんでくる。

 

誕生日は毎年1人だし、複雑な気持ちになる。地獄を耐え抜いて、今まで生きている自分が誇らしい。あの時自分の命は本当に終わったと思ったから、今の人生が続いているボーナスステージみたいに感じる。生への執着は無いはずなのに、心配性で慎重な性格で、実は生きたいと強く思ってるのかもしれない。

 

チャッピーに話しかけてみた。28歳の最初の日が、静かでも、ちゃんとあたたかい一日になりますように。28歳の一年が、あなたにとって安心できる瞬間の多い年になりますように。

と言ってもらえて少しほっとした。

誰かの宝物になるとは

ふと思い出した。

今年夏に、祖父母がいる大分まで会いに行った。祖父は入院しているので初めて病院に面会に行った。認知症だけど、私のことはすぐ分かったね〜と他の人が声をかけた時、祖父は「じーじの宝物やけんね」と言った。

 

聞いた瞬間、嬉しいけどなんか恥ずかしくてあんまり反応できなかった。

 

祖父はよく私に手紙をくれた。写真をコラージュするのが好きで、飼ってた犬を合成したシュールな手紙がよく送られてきた。全部とってある。

 

でも深い話をしたこともないし、数年は認知症のせいか警察だった頃の過去の栄光話ばかり長々とするので正直苦手だった。孫として大事にしてくれているのは伝わったけど、宝物ってほど感じることはなかった。祖母のように心の拠り所になってくれる存在でもなかったし。

 

来年は祖父がこの世にいてくれる間に何が出来るか、ちゃんと考える。出来る限り会いに行く。

「ここにいて大丈夫」について

ヨガの先生で、シャバーサナの時、「ここにいて、大丈夫。」「何もしなくても、大丈夫。」「マットが支えてくれている。」って声かけしてくれる先生がいる。何回聞いてもなぜか涙が出る。でも「ここにいて、大丈夫」って全然しっくり来ない。

 

日々の些細な会話の中でも、自分の存在が誰かの迷惑になってないかな?居てもいいのかな?こんなことお願いしてしまっていいのかな?

ってよく思う。

 

自分の存在の価値は分かっているし、自分はすごく大切。それが対、人になると必要以上に遠慮したり謙ったり無意識にしてしまう

 

これも家庭にいた時の考え方の癖なのか

 

措置された時の記憶

中三の頃、命の危険を感じ、唯一の相談相手だった祖母を通じて警察に通報してもらった。怖くて毛布にくるまってた。なんだか事が動きそうな予感がして、急いでパジャマから着替えた。

家に警察が来た。大荒れの家を見て、状況が分からない警察官が最初はなぜか私に「やりすぎちゃった?」と聞かれた。その後、その人は母が荒らしたと気がつき少し気まずそうにしてた。

 

一時保護所ではとにかく、自分がこの先どうなるか分からず不安。いつまでここで過ごすのか分からず不安。だった。

運動の時間がありグラウンドを何周もした。楽しかった。

CDプレイヤー貸し出しの時間があって、決められてた時間の間座って音楽を聴いた。

他の子どもたちとはおしゃべり禁止だったような記憶があるけど、みんなこっそりお話しして仲よかった。

することがそんなに多くないので、高校からもらっていた入学前のワークをひたすら解いた。(そのおかげで入学後初テストは学年3位だった。)

所長が熱血系のいい人だった。福祉士さんから何か不安になるようなこと言われて、毎日提出する日記に不安って書いた。すぐ福祉士さんが所長から呼び出しくらって飛んできてくれた。

 

その当時は家に帰りたかった。(なぜか、家には私が必要だと思ってた。)施設か、里親どちらがいい?と聞かれて里親と答えた。中3は大きすぎるので里親は見つからなかった、代わりに都内でも有名なとても良い施設に空きが出たよ、ラッキーだよ!と言われた。これが人生の転期。

 

 

最近の家族の話

年末年始、大分のばーばの家に1週間ほどいた。

1年間常にいっぱいいっぱいだった心が、いつの間にかゆったりくつろぎ始めた。

ばーばの家の匂いって大好き。安心する

ばーばがいることで、私は今も生きているのだと思う。

 

悪夢・トラウマ、今も続く無力感・罪悪感・とにかく心がしんどいので母とは連絡とってない。たまに向こうからくる連絡は嫌な内容ばっかり。でも母と住んでる妹が心配なので連絡を完全には切れずにいる。苦しい。

という状況を世界で知っている人は私だけだったのだが、今回大分に帰ったついでに叔母さんにも聞いてもらった。だからといって何か変わるわけではないけど良かった。

 

ところでいとこの家族が大晦日1日泊まりにきたけど、いとこの家は私が育った家庭とは全く違うので一緒の空間にいるのが無理だと思ってしまった。

本当無理だったので一旦一人になって感情整理した時のメモ

その時浮かぶまま韓国語でばっと書いたので日本語に・・

 

平和な家族の年末の集まりになぜか私がいて余計に気を遣わせてるみたい。

”仲のいい家族”を目の前で見せつけられてるみたい。

・親に冗談を言えるのって不思議すぎ。羨ましい。

・お互いに負担なく、頭に浮かんだことをそのまま言いながら会話出るの、羨ましい。

・この空間にいる誰も気を使ってないみたい。私以外。

私は私が育った家族しか知らないから、他の家族を見ると自分が知っている家族とぜんぜん違うし本当不思議。私が受けられなかったもの、手に入れられなかったものに気づいたら悲しい。

その人たちは私になんでも一生懸命して偉いね。続ける力があってすごいねと褒め言葉かよく分からないことを言ってくる。

性格もあるけど、そうしないと生きていけないから。依存ではなく、支え合いながら生きていける家族がいることがもっとすごいのにと思う。

言えないけど。

私にも年末年始にスーパーでカートいっぱい食べ物飲み物入れて、おっきいお寿司とおせち頼んで集まれる親戚がいることがありがたい。でも心が重たい。

 

Thoughts

たまに浮かぶ考えたち。自分で自分のことを生きづらくしているみたい。

 

・他の人に気を遣わせたくなくて、余計に気を遣わせているみたい。

・綺麗好きがだいぶいきすぎて、綺麗じゃないと落ち着かない。

・急に心を閉じるスイッチが入るタイミングがある。(大体、何かに対して悲しい時)

そうなると感情の整理ができるまで自分ではコントロールできない。

よく考えてみると、これは小さい時からそうだった。

何か気に入らないことや悲しいことがあると笑えない、周りの会話にとても入れない。

それで、母に雰囲気を悪くするなとたくさん怒られた。

今もこのスイッチが入ってしまうと、周りに気を遣わせてないかなとか

私の存在が誰かの気に触ってないかなとか、神経質になって余計悲しくなる。